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水塊とは、共通する形成過程をもち、水温や塩分などが一定の範囲に収まるという特徴を手掛かりに追跡できる海水のまとまりです。海面付近で受ける加熱や冷却、蒸発や降水、海氷の形成・融解に加え、周囲の海水との混合も水温と塩分の組み合わせに反映され、こうして生じた特徴は海水が海洋内部へ沈み込んだあとも、ある程度保たれます。
水塊とは何か
水塊を考えるときは、次の二点が基本になります。
- ある海域や一連の過程に結び付く、共通の形成履歴があること
- 形成域を離れても追跡できるように、水温・塩分などの性質が一定の範囲にあること
水塊の性質を表すには、ポテンシャル水温、塩分、基準圧力を明示したポテンシャル密度、溶存酸素、栄養塩などを使います。なかでも水温と塩分は、形成とその後の変質を考える出発点です。ただし、密度を定量的に比較するには、状態方程式を用いるだけでなく、現場密度なら測定時の圧力、ポテンシャル密度なら基準圧力を明示する必要があります。
似た用語との違いは、次のように整理できます。
| 用語 | 意味 | 調べることの例 |
|---|---|---|
| 流体粒子(water parcel) | 時間とともに移動や変化を追う対象として扱う、概念上の小さな海水のまとまり | 移動中にどう変化したか |
| 水型(water type) | 理想化した一つの水温・塩分の組み合わせ(実際の解析では、ごく狭い範囲で表すこともある) | この点がどの水温・塩分を表すか |
| 水の層 | ある時点・地点の特定の深さにある海水 | 低塩分の層がどこにあるか |
| 水塊 | 共通する形成履歴と一定の性質をもつ海水のまとまり | 繰り返し現れる特徴が既知の形成域や移動経路と合うか |
水型はT-S空間の一点として表せます。一方、水塊の水温や塩分などには幅があり、ほかの海水とも混ざるので、T-S空間では線や帯、領域として表される場合があります。この区別は、ハワイ大学の水塊形成に関する講義資料(英語)や、Robert Stewartによる機関公開の教科書Introduction to Physical Oceanography(英語・PDF)でも説明されています。
(a)の①は海面付近の形成域、②は水塊の広がりと変質、③は鉛直プロファイルによる観測を表します。五つの点は浅いほど暖色、深いほど青色で、そのうち三つ目が水塊内にあります。(b)では同じ色の点を対応させ、三つ目の点の周囲に水塊候補の水温・塩分範囲を示しています。
水塊の特徴はどこで決まるのか
多くの水塊では、海面付近で起こる過程によって性質が決まり始めます。海面が冷やされると水温は下がり、蒸発によって淡水が失われると塩分は高くなる一方、降水、河川水、海氷の融解は海面の塩分を低下させます。海氷ができるときには塩分の多くが周囲の海水へ排出され、こうした変化は風や対流による混合によって表層の一定範囲へ広がります。
どの海域でも「暖かい水は高塩分」「冷たい水は低塩分」となるわけではなく、水温と塩分の関係は、地域や季節によって異なる作用の組み合わせで決まります。高緯度では、冷却と海氷形成に伴う塩分排出によって密度の高い水が沈む場合があります。一方、亜熱帯域では、冬の深い混合で生じた水が季節変化を受ける表層の下へ沈み込むことがあります。高緯度の例はNOAAの熱塩循環の解説(英語)で、海洋上層から内部へ水が移る過程はスクリップス海洋研究所の上層水塊に関する講義資料(英語)で確認できます。
形成、移動、変質を分けて考える
水塊を理解するときは、名前だけで起源と現在の状態を一括りにせず、形成、移動、変質の三段階に分けると分かりやすくなります。
どこで、どのように形成されたか
形成過程を考える際には、海面を通じた熱と淡水の出入り、海氷の形成・融解、冬の混合、対流、隣り合う海水との混合などを検討する必要がありますが、どの作用が重要かは水塊によって異なります。
どこまで運ばれたか
海水は移流によって遠くまで運ばれるため、ある地点で水塊らしい特徴が見られても、そこで形成されたとは限りません。海流は海水の運動を表し、水塊は形成履歴と性質による分類を表します。
移動中にどう変わったか
水塊は移動中に周囲の水と混ざるため、T-S図上では水温・塩分の分布範囲が広がったり、その位置がずれたりします。溶存酸素や栄養塩も生物活動や化学反応の影響を受けて変化し、異なる名前で呼ばれる水塊の間が、明瞭な境界ではなく移行帯になることもあります。
T-S図から読み取れること
鉛直プロファイルでは、水温や塩分がどの圧力または深さに現れるかを確認できます。これに対し、T-S図では深さを軸に使わず、観測された水温と塩分の組み合わせを一つの図に示します。複数の観測で曲線の形や極大・極小、点が帯状に集まる範囲に共通点が見られれば、似た性質をもつ海水を見つけて比較しやすくなります。
軸や曲線の基本的な読み方を先に確認したい場合は、海洋学のT-S図を読み解くからご覧ください。ここではさらに、水塊の候補を探す手掛かりになる特徴に焦点を当てます。
水塊の候補を探す手掛かりには、たとえば次のような特徴があります。
- 近い場所で得た複数のプロファイルで、T-S曲線に似た形が繰り返し現れる
- ほぼ同じ密度や深度の範囲に、亜表層の塩分極大または極小がある
- プロファイルの表層部分が変化しても、海洋内部の水温・塩分は一定の範囲にまとまっている
- 想定した二つの供給源の中間にあたる値が並ぶ
曲線上の一つの特徴に複数の供給源から来た海水が含まれることもあれば、観測した季節の違いによって図上の分布範囲が変わることもあり、別々の過程から似た水温と塩分が生じる可能性もあります。
T-S図の背景に示されるσ₀等値線は、0 dbarを基準とするポテンシャル密度偏差が等しくなる水温と塩分の組み合わせを結ぶ線です。この線から分かるのは、海水を0 dbarまで断熱的に移動させたと仮定したときの密度が同じだということです。等値線上に並ぶ点が、実際の海で同じ深さや同じ層にあること、あるいは同じ経路をたどったことを意味するわけではありません。
深くなるほど圧力が増して海水は圧縮されますが、圧縮の程度は水温と塩分によって異なります。そのため、0 dbarを基準にした密度が同じ海水でも、深い場所の同じ圧力下では密度が一致するとは限りません。σ₀等値線は密度を比較する目安として使い、水塊の起源や移動経路は、場所や深さ、ほかのトレーサーなども含めて判断する必要があります。この点の理論的な背景は、原著論文Neutral Surfaces(英語)で説明されています。
端成分と混合線
混合を考えるときの端成分(end-member)とは、供給源を代表する水温・塩分などの組み合わせです。ここでいう保存性のある変数とは、同じ圧力で外部との熱や物質の出入りを伴わずに混ざる場合に、その値が供給源の質量比で決まる量を指します。性質が一定の二つの端成分が混ざり、水温と塩分を混合に対する保存量として扱える場合、混合後の海水は両者を結ぶ混合線(mixing line)上に並びます。
実際の海では、端成分そのものに時間的・空間的な幅があるうえ、三種類以上の海水が混ざる場合もあります。さらに、異なる場所や時刻に得られた測定値を同じT-S図で比較することも多いため、直線に見える点の並びは単純な混合と矛盾しないものの、性質が一定の二つの供給源だけから生じたことの証明にはなりません。
TEOS-10 Manual(英語・PDF)によると、図の軸に使う量については、それぞれの熱力学的な性質に注意が必要です。絶対塩分は乱流混合に対して保存されるものの、生物地球化学過程によって海水組成が変わると、絶対塩分も変化します。ポテンシャル水温は、エントロピーと塩分を保ったまま圧力が変わる過程では一定に保たれる一方、混合に対する厳密な保存量ではありません。これに対して、保存水温は熱に関してはるかに保存性の高い量です。また、密度とポテンシャル密度はほかの量から計算され、混合に対して保存されないうえ、非線形に変化します。
TEOS-10に基づく定量解析では、目的の計算に対応した変数を使います。水塊解析とポテンシャル密度計算には絶対塩分と保存水温を用いることがTEOS-10で推奨されており、その理由はGetting Started with TEOS-10(英語・PDF)にまとめられています。OceanGraphが使う変数とSA-CT図との違いは、ポテンシャル水温と絶対塩分とは?で詳しく説明しています。
水塊名を付けるまでに確認する根拠
水塊名は、図の形が似ているというだけで決めるのではなく、次の手順で根拠を積み上げて判断します。
1. まとまりのある特徴を見つける
一つのプロファイルだけではなく、複数のプロファイルに繰り返し現れる分布範囲や極大・極小、曲線の形を探します。一つのプロファイルだけに見られる特異な形は、測定上の問題、欠損値、一時的な現象、代表性の低い時期や場所を反映している可能性があります。
2. 深さ、場所、時刻を対応させる
候補となる水温・塩分の組み合わせが各プロファイルのどの深さに現れるかを調べ、海域と季節が想定に合うかを確認します。深さは鉛直プロファイルや、T-S図に付けた深度ラベル・色分けから確認できます。
3. 形成域と移動経路を既存研究と照らす
既知の水塊として同定するには、形成域、密度・深度の範囲、広がる経路を扱った対象海域の研究と照らし合わせます。
4. 補助的な情報を加える
溶存酸素、栄養塩、CFCなどの過渡トレーサー、渦位、流速や循環の情報は、水温・塩分から得た解釈を補強することもあれば、見直すきっかけになることもあります。すべてが水温・塩分から独立しているわけではなく、たとえば渦位には密度成層が関係しますが、これらを組み合わせることで、形成後の経過時間、変質、層構造、移動経路を別々の側面から検討できます。
5. 判定基準に照らして確かめる
水塊の判定条件には、使用した変数、閾値または水温・塩分などの範囲、基準圧力、対象海域と期間、データ品質の条件を含めます。そこまで確認していない段階では、水塊名を断定せず、「水塊を示唆する特徴」「ある水塊の特徴と矛盾しない海水」と表現する方が正確です。
水の層、前線、モード水との違い
水の層は、ある場所で海水がどの深さを占めるかを表します。同じ水塊でも、密度面が上下すると現れる深さが変わり、一つの深度範囲に複数の水塊が混ざる場合もあります。
海洋前線は、水の性質が水平方向へ急変する帯です。異なる水塊の境界になることはありますが、勾配そのものが水塊なのではありません。複数のプロファイルを比較して境界の候補を見つける方法は、海洋前線とは?で解説しています。
モード水は、水温や塩分などが限られた範囲に収まる海水が大量に存在し、多くの場合は厚く勾配の弱い層として観測される、特定の種類の水塊です。判定には密度、層厚、渦位、地理的条件などが必要になる場合があるため、T-S図上で点が狭い範囲に集まっているだけでは、モード水と判断できません。モード水とは?では、北太平洋亜熱帯モード水を例に形成と判定条件を説明しています。
OceanGraphで水塊の手掛かりを探す
OceanGraphでは、プロファイルを検索し、鉛直構造とθ-S図を見比べながら、同じ特徴が繰り返し現れるかを調べられます。また、モード水の検出結果の分布を表示する機能があり、モード水の種類ごとにあらかじめ定めた判定条件を使っています。
- 海域と期間を絞ります。地理や季節との関係を解釈しやすい範囲を選び、Trajectoryを使わない場合は、現在の検索結果を500プロファイル以下にします。θ-S図には検索結果の全プロファイルが使われます。
- 先に鉛直プロファイルを読みます。ポテンシャル水温と絶対塩分の極大・極小や勾配の弱い層がどの深さにあるかを確認するとともに、日時、位置、WMO ID、サイクル番号も確認します。
- θ-S図で選択したプロファイルを確認します。サインイン後、AnalyzeからGenerate θ-Sを選ぶと、地図で選択したプロファイルの曲線が検索結果全体の分布に重ねて強調されます。Trajectoryでは、選択中のフロートについて読み込まれた全サイクルが対象となり、最大500サイクルまで利用できます。
- 候補となる特徴の深さと分布を確かめます。その特徴が近い圧力範囲に現れるか、近隣のプロファイルや別サイクルでも繰り返すかを確認します。密度はθ-S図の背景にあるσ₀等値線を目安にし、圧力範囲は鉛直プロファイルで確かめます。
- 定量解析に進む前に元データを確認します。OceanGraphは品質条件を満たしたポテンシャル水温と絶対塩分を表示しますが、有効な水温・塩分の組み合わせが二点未満のプロファイル曲線は表示されません。また、OceanGraphからダウンロードしたプロファイルデータにも元データの品質管理フラグは含まれないため、特定の水塊名を採用する前に、対応するArgo NetCDFと対象海域に関する研究を確認してください。
OceanGraphのθ-S図では、縦軸にポテンシャル水温、横軸に絶対塩分を使います。ポテンシャル水温を内部で保存水温へ換算するのは背景のσ₀等値線を計算するときだけで、表示軸そのものは変わりません。操作と表示の仕様はθ-S Diagramガイド(英語)、表示に使われる値の条件はData Filtering Policy(英語)で確認できます。

