この記事の目次

エルニーニョは、太平洋赤道域の海面水温と大気が連動して変化する現象です。しかし、海で起きている変化は海面だけではありません。海面下では暖水がたまる場所と深さが変わり、太平洋を東西に横切る水温躍層の傾きが小さくなるため、東部では冷たい水が海面へ届きにくくなり、海面の高温が続きやすい状態になります。

鉛直構造まで見ると、海面水温が変わる仕組みを理解しやすくなります。一方、一地点の水温が高いことや、一つのプロファイルで暖水層が深いことだけでは、エルニーニョが発生したとは判断できません。

平常時の太平洋は海面下で東西に傾いている

平常時の太平洋赤道域では、東から西へ吹く貿易風が海面付近の暖水を西側へ寄せます。インドネシアに近い西部太平洋では、海面水温が高いだけでなく、暖かい水が深くまで蓄えられています。

南米に近い東部太平洋では冷たい水が海面近くにあり、湧昇が起きると、栄養塩を含む冷水が下から上がってきます。暖かい上層と冷たい下層の境目にあたる水温躍層は、平常時には次のような形をしています。

  • 西部太平洋では深い
  • 東部太平洋では浅い
  • 西から東へ向かって浅くなる

気象庁の エルニーニョ/ラニーニャ現象とは には、この暖水分布と大気の関係が示されています。NOAA太平洋海洋環境研究所の 平常時・エルニーニョ・ラニーニャの模式図(英語) では、水温躍層の東西の傾きを比較できます。

エルニーニョ時に海面下で起きること

エルニーニョが発生すると、太平洋赤道域の貿易風が平常時より弱くなるため、西部に偏っていた暖水は中部から東部へ広がります。

ただし、「太平洋全体が同じように暖まる」と考えるのは正確ではなく、海面下の変化は海域によって異なります。

  • 中部・東部太平洋では水温躍層が深くなる
  • 西部太平洋の一部では水温躍層が浅くなる
  • 太平洋を東西に横切る水温躍層の傾きが小さくなる
  • 東部の湧昇が、以前より暖かい水を海面へ運ぶようになる

東部で水温躍層が深くなると、湧昇があっても、その下の冷水は海面まで届きにくくなります。海面が暖かくなると熱帯の降水域と風も変わり、その風の変化が海の状態をしばらく強める、という相互作用が生じます。

NOAAの エルニーニョ時の海面高度と水温断面(英語) では、暖水が東へ広がり、水温躍層が平らに近づく様子を確認できます。気象庁の エルニーニョ監視速報の見方 では、海面水温とともに水温躍層や海洋貯熱量を調べる理由が説明されています。

次の模式図は、左が平常時、右がエルニーニョ時です。海面下の構造が変わる方向を示したもので、色、深さ、矢印は特定のエルニーニョを測定した結果ではありません。

左に平常時の傾いた水温躍層と強い東部湧昇、右にエルニーニョ時の平らに近い水温躍層、東へ広がる暖水、弱い湧昇を示した太平洋赤道断面

プロファイルから暖水が続く深さを読む

一本の水温プロファイルに太平洋全体の姿は映りませんが、その場所・時刻で「暖水がどこまで続いているか」は確認できます。

エルニーニョ期間の中部・東部太平洋では、同じ海域の平常時と比べて、次のようなプロファイルが見られることがあります。

  • 暖かい上層が深くまで続く
  • 水温が最も大きく変化する深さが下へ移る
  • 浅い層での水温差が小さくなる

西部太平洋では暖水と水温躍層の移動方向が異なるため、同じ比較にはなりません。「エルニーニョでは水温躍層が深くなる」とだけ覚えず、太平洋のどの海域について話しているのかを確認する必要があります。

塩分も密度を考える手掛かりになりますが、塩分だけでエルニーニョを判断することはできません。エルニーニョは、海面水温偏差、風、海面高度、海面下の水温、大気の応答を合わせて捉える現象です。

海面水温と海面下の熱は別の情報を持つ

海面水温は、海の最上部の状態を表します。水温プロファイルからは暖水層の厚さと形が分かり、海洋貯熱量は一定の深さまでの水温を深さ方向に積算した指標です。

それぞれが答えられることは異なります。

見るデータ分かること
海面水温偏差海面が平年より高温か低温か
水温プロファイル一つの場所・時刻で暖水がどの深さまで続くか
赤道に沿った鉛直断面水温躍層の深さが西から東へどう変わるか
海洋貯熱量指定した海域・深さに暖水がどの程度蓄えられているか

海面の値、プロファイル、深さ方向に積算した熱量の違いは、海面水温だけでは海の温暖化が分からない理由 でも整理しています。

一つのArgoプロファイルではエルニーニョを判定できない

公的機関によるENSO監視では、定めた海域・期間のデータを平年値と比較します。また、エルニーニョは海洋と大気が結び付いた現象であるため、大気の状態も判断材料にします。

一つのプロファイルには、そのような空間的・統計的な背景がありません。暖水層が深く見えても、理由は次のいずれかかもしれません。

  • 太平洋赤道域に平常時からある東西差
  • 季節変化
  • 海洋の渦や波動
  • プロファイルを取得した場所の違い
  • 短期間の気象条件

同じArgoフロートから複数のプロファイルが得られても、フロートの位置は時間とともに変わるため、赤道上の一地点を連続して測ったことにはなりません。また、公的な監視図のように、太平洋全体を連続的に埋めた断面にもなりません。

したがって、個々のプロファイルは、適切な監視システムですでに確認された現象について海面下の構造を理解するために使うものであり、プロファイルだけから発生や終息を宣言することはできません。

OceanGraphで海面下の違いを比べる

OceanGraphはENSO指数、平年偏差、赤道太平洋全体の解析場を計算するツールではありません。実際のArgoプロファイルを開き、熱帯太平洋の海面下が場所や時期によってどう違うかを調べる段階で利用できます。

比較するときは、次の順で条件をそろえます。

  1. 公的機関の資料から、エルニーニョと確認された期間を選ぶ
  2. 西部・中部・東部太平洋のいずれかで、小さな海域と短い期間を指定する
  3. 特徴の強い一本だけを選ばず、複数の水温プロファイルを見る
  4. 同じ海域・季節の平常時に得られたプロファイルと比べる
  5. ENSOの影響だと考える前に、日付、位置、塩分も確認する

Search and Bookmark(英語) には海域と期間の指定方法があります。一つのフロートを複数サイクルにわたって追う場合は、Trajectory and Time-Series Vertical Section(英語) で移動経路も確認してください。

海洋学の時系列鉛直断面を読み解く では、漂流するフロートの一連のプロファイルと、定点の時系列との違いを説明しています。

覚えておきたいこと

エルニーニョ時の海面下では、暖水が蓄えられる場所が変わります。中部・東部太平洋では水温躍層が深くなり、西部の一部では浅くなるため、太平洋を東西に横切る傾きが小さくなります。東部の湧昇が以前より暖かい水を運ぶようになり、海面の高温が維持されやすくなります。

Argoプロファイルを見れば、その場所で暖水が続く深さを確認できます。ただしENSOの判定には、平年値との比較、広い海域を覆うデータ、一定期間の持続、大気の変化が必要です。一つのプロファイルは、その全体像を構成する一部分です。